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高山にやってください

米澤穂信についてつらつらと

2016 11/5(土) 公開講座〔トークイベント〕 米澤穂信氏を招いて ――その創作の謎を解く――

米澤穂信 レポート ボトルネック 氷菓(アニメ) 古典部 ベルーフ

こんにちは。
小雪です。

今回は金沢学院大学学園創立70周年記念事業として2016年11/5(土)13:00~14:30に開催された、米澤穂信先生の公開トークイベントに参加したレポートとなります。

実は一か月ほど前から「11月に金沢学院大学米澤穂信先生の講演会が行われる」という噂は密かに流れていました。

が、探せども探せども信頼できるソースが見つからず……。

仕方なく11/4の昼に金沢学院大学へ電話をかけてみると、なんと「明日の13:00から公開講座を行う」とのことでした!

後から聞いた話では、どうもイベント参加希望が殺到するのを防ぐために意図的に情報を伏せていたそうです。

あまりにもギリギリなタイミングでの発覚でしたが、そのまま一般参加の申し込みを受付していただき、仕事終え帰宅するとすぐに金沢へ向かう準備を。

翌朝6:00頃に出発し、ボトルネックの舞台でもある金沢を目指しました。

途中電車が遅延したり、新幹線で晴れている高山連峰なども見つつ、なんとか11:00頃に金沢駅へ到着。

待っていたのはボトルネックで描かれていたような、どんよりと重たい灰色の空……







ではなく、雲一つない真っ青な快晴!

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 駅前広場を高く覆う、金属パイプの天蓋。そして、DNAのようにねじれあった柱が支える、木製の巨大な門。おそらく、観光客を出迎えるためのもんなのだろう。駅に降り立ち、観光地という非日常に足を踏み入れる観光客を迎える、見上げるような門。……しかし、いまから金沢を出ようというぼくに、その門は何か別の、異様な印象を与えた。この門をくぐることに一瞬、ためらいさえ覚える。あるいは、単に巨大な構造物へのいわれのない恐怖のためだったのかもしれないが……。
   --米澤穂信ボトルネック』より

うーん、晴れているとさすがにそんな物々しさがないですね。

観光をしている暇もなかったので、駅近くのラーメン屋でさっさとお昼ご飯を済ませるといざ会場、香林坊へ。

そう、あのリョウが寝泊まりした漫画喫茶のある香林坊です!

金沢駅から徒歩でラモーダまで。
建物の目の前に行くと、こんな看板が。
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ここまで来てようやく「ああ、本当に米澤先生いらっしゃってるのか……」と謎の感慨に。
あまりにも情報が出回らなかったのでもしかして偽物のイベントに騙されているのでは、と思っていたのです。

そのまま9階へ上がり、真ん中ちょっと前くらいの空いている席を確保。
(前四列くらいは高校生専用なのです)


で、待つこと30分ほど、始まりました公開講座

講師は我らが米澤穂信先生。
聞き手として文藝春秋の宣伝プロモーション局長羽鳥好之さんと、金沢学院大学文学部准教授の蔀際子さん。

では、以下会場で取ったメモを元にざっくり書き起こしたレポートになります。

どのくらいざっくりしているかというと「文化は」と書かれたメモを「文化というものに対してはどのように」としているくらいにはざっくりです。
特に、米澤先生の言葉に神経を注いでいたため、聞き手の蔀准教授の方はかなり元と違うものになってしまっている気がします……。大変申し訳ございません。

そのためかなりざっくりと意訳して書いており、書き洩らし、ニュアンスの違い等も多々あると思いますので、そのあたりはあらかじめご了承ください。

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蔀准教授
「大学時代は金沢にいらっしゃたということですが、4年間どのように過ごされましたか?」

米澤先生
「学生生活に入ったころにちょうどWindows95が発売され、インターネットの時代が始まりました。
 中学のころから小説をやっていましたが、あまり人に読んでもらうということはなかったので、インターネットを使えば小説を晒すことができると考えました。
 ろくに街も見ずに小説を書いていたので、今回金沢へ来て初めて発見したということも多かったです」

蔀准教授
「高校まで過ごされていた高山とはどういった部分が違うと感じられましたか?」

米澤先生
「この街は、お城が中心となっていて駅が町から外れた位置にありますね。
 私はこれを京都に似ているなと思いました。
 道がお城から放射状に、蜘蛛の巣状に張り巡らされた様子が。

 一方で、高山はどちらかというと商人町が中心となったものでした」

蔀准教授
「自分が住んだ街を俯瞰的に、歴史が被る視点の深さが凄いですね。

 ところで『氷菓』はもともと大学生を主人公にしていたということですが、米澤先生の大学時代というとちょうど金沢にいたころですよね」

米澤先生
「『氷菓』は大学四年の時に賞に投稿しました」

蔀准教授
「大学生から高校生の四人にしたのは、どうのように?」

米澤先生
「『氷菓』が大学生だったというより、
 そのプロトタイプといったものが大学を舞台にした話だったんです。

 小説としてこういうものをミステリにしたいと考えたとき、ビルドゥングスロマンをミステリにしたいと考え、それならばより成長を書きやすい高校生にという形です」

蔀准教授
「当時、ミステリと学園物という組み合わせは望まれていたものだったのでしょうか?」

米澤先生
「それは角川の心積もりなので実際のところはわかりませんが、当時ミステリと学園を合わせたものをやろうという動きは業界の中でもいくつか動いていました。

 また、少年少女小説とミステリという組み合わせは全く新しいものというわけでなく江戸川乱歩の少年探偵団など伝統のあるものでした」

蔀准教授
氷菓日常の謎を扱っていますね。
 そちらについてもお話を伺えれば」

米澤先生
日常の謎というのは一般的には北村薫先生の『空飛ぶ馬』をきっかけに生まれたジャンルといわれています。
 しかし、「ミステリだから人死にが出る」というのは最初期からあるものでもないのです。
 エドガー・アラン・ポーの『盗まれた手紙』など人が死なない推理小説はありました。
 それを最初にジャンルとして立ち上げたのが北村先生で、以降、加納朋子先生や倉知淳先生などがジャンルとして確立していったのだと」

蔀准教授
日常の謎は海外ではどのような扱いを?」

米澤先生
「海外にはあまり日常の謎ものはみられないですね。
 そもそも、ミステリに人死にが必要だと言い出したのがロナルド・ノックスなどの海外作家だったので。
 やはり黄金期は殺人事件が主でした

 ハードボイルドでも殺人を扱うか、人死にがなくても誘拐事件であったりと人の死なないことを謳ったものは覚えがないですね」




蔀准教授
古典部シリーズはもともとシリーズ化を考えていたのでしょうか」

米澤先生
「最初は氷菓一冊で考えていました。
 そもそも新人賞に送った段階で次回作を書くとは思っていなかったので。
 でも、受賞直前に続編となる投稿作は書いていました」

蔀准教授
「中学生のころから小説を書いているとのことでしたが、ビルドゥングスロマンを書こうと思ったのはいつからですか?」

米澤先生
氷菓を書いた大学3年からですね」

蔀准教授
「成長ということで、自身の過去を反映されたりはしましたか」

米澤先生
「あまり関係なかったですね。
 高校の時は弓道をやっていてここで勝てば県大会へ行けるというところまでいったという感じです」

蔀准教授
「スポーツ青年だったのでしょうか」

米澤先生
弓道なので技量は磨きますが……。
 当時の顧問の方針もあって、弓というのは心で飛ばすものではない、と。
 こういう風に姿勢を作ってこうやればまっすぐ飛ぶ。
 その上でそれを保つ精神が必要だ、という。
 夕暮れの土手をマラソンするようなものではなかったですね」



蔀准教授
氷菓ですが、アニメの方はご覧になったのでしょうか。
 古典部といえば成長の痛みですがそのあたりについてはどうでしたか」

米澤先生
「アニメについては企画会議には出たのですが、制作はアニメ会社にすべてお任せしていました。
 脚本も、賀東招二先生という信頼すべき先輩作家の方が担当していたので」



蔀准教授
「金沢が舞台の小説としてボトルネックがありますね。
 こちらは成長を描いた小説の統括として書かれたとのことですが、金沢にした、場所のつながりというものはあったのでしょうか」

米澤先生
氷菓は架空の街が舞台でした。
 一方でボトルネックは異世界、パラレルワールドが舞台です。
 もしここで架空の街を使ってしまうと架空の中に架空となってしまい書こうとしているものに合わないのではないかと。
 そういったこともあり、土地の力を借りるつもりで金沢を舞台にしました」

蔀准教授
「このボトルネック、一行目の書き出し『兄が死んだと聞いたとき、ぼくは恋したひとを弔っていた。』も凄いですね。
 たった一行で二つの死。
 その後の描写も北陸の冬とよく重なります」

米澤先生
「昔の小説を読まれると逃げたくなってしまいますね……」

蔀准教授
「雨が多いといった描写なども意識的に使われたのでしょうか。
 金沢といえば曇天。
(しばらく金沢の話、書き取り切れず。
 東尋坊に手向けた花は地元民ならナントカを連想するとか
 作中に出てきた地名について言及)
 最初にリョウが目を覚ましたサイクリングコースなどは
 当時の生活圏だったのでしょうか」

米澤先生
「被っていましたね。
 当時、外で本を読むのが好きだったんですが寒すぎるのであそこでは読みませんでしたね。
 金沢城で読んだことはありましたが」

蔀准教授
「米澤先生は、読書家でいらっしゃいますよね」

米澤先生
「作家をやっていて、編集さんに会ったりすると本当に化け物みたいな人たちがいますけどね」

羽鳥さん
「たくさん読んでいる人というのはいるんですが、米澤先生のように芥川や泉鏡花から歴史書に至るまで幅広い知識を身に着けている人はそういないです。

 米澤先生にはミステリをやりながら歴史や青春を描くなど、そういった可能性に期待しています。
 幅広いジャンル、あらゆることに関する知識を使った小説」

米澤先生
「恥ずかしいのですが、こんな美しい街でひきこもりのように本を読んでました。
 いえ、外に出なかったわけでもないのですが……。

 自分が学生時代、どこに行くでもなく小説を書いてばかりいたわけでもないんですが、金沢を出ていくときに後悔……ではないんですが、自分がこの街をきちんと見ていかなかったことに「しまったな」と。

 その後は、「しまった」と思うことのないように心がけてはいます。
     
 未だに家の中にいるほうが多いんですけどね」

蔀准教授
「文化というものに対してはどのように」

米澤先生
「大づかみでこの街はどのういう風になっているのかを見ます。
 面白い街といえば神戸です。
 あんな風に東西に細長いところは他にないでしょう。
 大づかみに見て『この街はこういう構造を持っているのか』と」

蔀准教授
「そういったところからでしょうか、登場する人物が生きているのが感じられます。


 ボトルネックでは『全能感』と『無能感』をテーマにしたとのことですが」

米澤先生
「小説の根幹をなす要素で自作解説みたいになってしまうのですが……。

 若いころというのは0か1か、白か黒かというような考えに陥りがちです。
 みんなが馬鹿に見えたり、自分だけが特別だと思ったりと思考が極端に振れてしまうことがあります。
 他人への広い視野をまだ持ち得ていない、全能感と無能感を強調し『自分はこの中で誰よりも利口ではないし馬鹿でもない』と。
 そういった当たり前に気が付く過程を書きました」

羽鳥さん
「今回の公開講座をきっかけにボトルネックを再読したけれど、よく当時、これだけのものを書き上げたなと思いました。

 パラレルワールドの姉が自分とは違う性格をしていて、主人公は失望と無気力に満ちたすべてを諦める精神構造をしている。
 しかし、それでいて強い自意識を持っていて自分が他の人とは違う生き方をしていると思っている。
     
 主人公がパラレルワールドで、元の世界では死んでしまった自分の兄と出会うシーンがあります。

 兄の会話の凡庸ぶりにあきれるのですが、それが実は自分も同じなのではないかと気が付くシーン。

 人間としてワンランク上へ行く、何者でもない平凡な人間だと気が付くシーン、これが本当に秀逸です。

 十代の不安定さ。
 何者かであってほしいのに無力であること。
 全能感と無能感の描写が奇跡的なまでに優れた作品です」

蔀准教授
「米澤先生の作品の魅力についてはどうでしょう」

羽鳥さん
「私は編集という、作家にすぐれた作品を書いてもらうための仕事をしています。
 米澤さんとは直接仕事をしたことはないですが、ここ何年か付き合いがありまして。


 米澤さんが優れているものについてですね。

 ミステリのジャンルというものにはいくつか種類があります。
 米澤先生はそういった中で、パラレルワールドものである『ボトルネック』、密室ものである『インシテミル』、日常の謎の名作も多く手掛けているし、リドルストーリーを突き詰めたものとして『満願』など、あらゆるミステリジャンルに名作を残しています。

 名作というのはたくさんあるし、名作を書く作家というのも多くいます。
 しかし、米澤さんは宮部みゆきさんなどそういったベテラン作家がある程度年数を重ねてから書くレベルにすでに到達している。

 今、これをやっているなら将来はいったいどうなるのか。
 
 私が期待しているのは、歴史というジャンルです。
 あらゆる分野に興味を持ち歴史にも造詣の深い米澤さんが、ミステリのあらゆるジャンルを身に付けてその手法を用いて鮮やかに歴史を紐解くミステリをやれば、それはどれほどか。


 今日の参加者には米澤さんのような小説を書きたいと思っている人もいると思います。
 そういった人は、いろんな代表作を読んで、これはこういう意図で書かれているのだと理解できれば、米澤さんを理解することにも繋がるはずです。
 小説を書きたいと思っている人は、まずは模倣とトレーニングを重ねてください」


蔀准教授
「米澤さんの最近の作品についてもお話しできればと。
 『王とサーカス』と『真実の10メートル手前』、これは『さよなら妖精』の太刀洗万智という人物の10年後を描いたものになっていますね」

米澤先生
「これはいろんなところで話しているのですが、さよなら妖精はもともと古典部シリーズの三作目として考えていたものなんです。
 しかし、レーベルがなくなってしまい発表の場がなくなっているところで東京創元社の方からストックを聞かれ、さよなら妖精をお見せしました。
 それを見た編集さんが『これは世に出さなければいけないものだ』と。
 結果、リライトして別のものとして出版されることになりました

蔀准教授
「一人の登場人物を長く育てることについてはどうでしょう」

米澤先生
太刀洗万智に限ってではないんですが、小説の前や後にもその人物は生きていた・生きていくんだと。
 物語の中だけでなく、その人物には前や後もある。

 太刀洗の成長した姿を書くのも、特別なことではなかったです。
 
 古典部は2000年の話ですが、2015年の今あの子たちはどうしているだろうかと考えることもあります。
 作中に漫画を描いている女の子(摩耶花)がいるのですが、その子は漫画を描けているのかなーとか、食べていけるのかなーとか。
 編集さんにも相談してみたりするんですが、『大丈夫だと思いますよ』と言っていただきました」

 太刀洗はジャーナリストなんですが、王とサーカスから数年たって今の世の中では月刊誌の力がなくなってきているけれどどうしてるかなと。
 ノンフィクションライターとしてやっていけているのだろうかと」

羽鳥さん
太刀洗といえば、これは昨日米澤さんとお話していたんですが『太刀洗』という地名はたくさんあるんですよね」

米澤先生
「これは来週の福岡の大刀洗町で行う講演会で話すつもりで調べていたんですが……。

 太刀洗という苗字は、丹羽基二さんの本からとったんです。
 ところが、福岡に同じ読みの街があるということで調べてみると太刀洗と着く地名が日本中にあるんですね。

 次から次へと見つかるので途中で調べるのをやめましたが、本当に戦場で血を洗ったのはどれくらいなのかなと」

羽鳥さん
梶原景時という、平家物語ではあまり好ましくない扱いの武士がいるんですが、彼が湧き水で太刀の血を洗い流したという伝説が鎌倉から広がっているんです」

米澤先生
「調べていくうちに、太刀の血を洗ったという話が水戸光圀の旅行記以前でどうも遡れなくなりました。
 そこで、これは当時に出てきた伝統の創造だったのではないかと」

蔀准教授
太刀洗万智というと、女性だけれど拳のような、感情を表にしない人物で。
 それでいて実は一番傷ついているのが彼女ですよね。
 作中でも『事実とは何か』という問いがでますが、米澤先生は事実の相対性についてどのように?」

米澤先生
「書きたかったこととして『ものを伝える』とはどういうことか、というのがありました。
 自分もものを伝える仕事だけど、客観的に行うのは難しいです。
 どうしても視野・視差が入ります。
 しかし、逆にそれがないかのように書くほうがおこがましいのではないかと。

 かつては、ものを伝えることが主観に基づくものだと報道に携わる人間ならだれもが知っていました。
 しかし、報道の裾野が広がり改めてそれらを、自分も含めて広く考える必要がある段階に到達したのではないかと。

 私はあまり作品を通して人に説教をしたくはありません。
 あくまで『自分がどうか』を書くようにしています」


蔀准教授
「今月末に古典部の最新作が出ますが、今後の新作の予定はどのようになっていますか」

米澤先生
「本の発売日というのは、どうしても流通の都合でずれがあるので発表された日付が正しいとも言えないのですが……。
 今月30日に古典部の最新刊『いまさら翼といわれても』が出ます。

 自分の小説の話になると早口になってしまいますね。

 それから、文藝春秋から女性主人公の現代ものを刊行予定です。

 また集英社では、雑誌に連載しているバディものをまとめたいと。
 これについては、書き下ろしでこれまでと違う展開にしていきたいなと思っています。
 できれば来年に出せればと思います。

 それと来月、東京創元社の雑誌ミステリーズにて小市民シリーズの新作短編『巴里マカロンの謎』を予定しています」




ここでトークショー開始から一時間が経ち、受講者による質問の時間へ。

質問者U
「文春の方が米澤先生はいろんなものに興味があるとおっしゃっていました。
 その中でも、米澤先生が目指すものとして泡坂妻夫の『乱れからくり』を挙げられていますが、自分が目指すものと自分が歩んでいる道が一致していると感じたことはありますか」

米澤先生
「ええ、ではまず泡坂妻夫について。
 彼は紋章上絵師の職人であり、かつては本名である厚川昌男の名を冠した賞があるほどの手品師であり、優れた作家でもありました。
 教養深く、それでいてひけらかさない。
 教養と知、まさに文化に対する敬意を持った方でした。
 それを思うと、まだここには遠いなと思います」


質問者N
「私はアニメ氷菓をきっかけに原作である小説も読むようになりました。
 氷菓は小説の方が苦みのある結末で、アニメでは少しマイルドになっていますよね。
 今後、小説を書いていくうえで古典部がアニメの方に引っ張られるというようなことはありますか」

米澤先生
「あれは、アニメ会社の人たちが彼らの作品を愛する人たちに向けて作ったものだと考えています。
 それぞれがそれぞれの作品に力を注いだということです。
 そういうつもりではいたのですが、新作短編を書いているときに小説では地学講義室とすべき所を、アニメの古典部部室である地学準備室と書いてしまった箇所がありました。
 
 アニメに関しては、登場人物の心持は違うものになっていますが、良いものにしてもらったと思っています」



高校生質問者
Windows95のころに大学生だったというお話がありましたが、最近ネット小説などが流行っていますよね。
 こういったものについてはどうお考えでしょうか」

米澤先生
「小説は、パピルスに書こうが四六判に書こうが小説です。
 ネットだから姿勢が変わるというようなことはないと考えています。

 しかし、方法論がもたらす本質的な差はあるはずです。
 昔、原稿用紙に小説を書いていた時代は直すのが非常に大変でした。
 名前を太郎君から次郎君に変えるだけでも一苦労です。
 PCだと、一括変換もできますし挿入も簡単です。
 そういったことが本質的に影響があるかもしれないとは考えています。
 しかし、それが文学的にいったいどういう差異があるかまではわからないですね。

 作家は魂をもって小説に奉仕するまでです。

 あとは、安直な話ですが漢字変換ができてしまうというのもありますね。
 私は、自分の中の辞書にない言葉は使わないようにしています。
 難しい漢字を使うことはできますが、自分に身についていない言葉は使いません。
 PCだとそれを簡単に書けてしまいます。
 果たして、それが良いか悪いかまではわかりませんが」

羽鳥さん
「出版社の人間として。
 ネットは自分の表現を見てもらえることが大きいと思う。
 昔は新人賞で選考に残った時、読んでもらえるということがなによりも嬉しかった。
 しかし、つい人の評価ばかり気にしてしまうと、別の意味で小説の変質を招いてしまう」


質問者4人目
「海外を舞台にした作品をいくつか手掛けられていますが、取材に行けないときなどはどこに注意しますか?

 また、創作におけるリアリティについてもお伺いしたいです。
 最近話題になったシン・ゴジラも、今の日本にゴジラが現れたら国防はどう動くのかというシミュレーョンのリアリティが評価されていましたが、国防なんて実際のところがどうかなんて普通の人にはわからないものです。
 現実をそのまま書くことがリアリティに繋がるとは思えないのですが、いかがでしょうか
 」

米澤先生
ボトルネックでは大学時代に住んでいた金沢を舞台にし、関守では雑誌の企画で訪れた伊豆を舞台にしました。

 しかし、ユーゴスラヴィアや2001年のネパールに行くことができないですし、12世紀のイングランドなんてもちろんのことです。
 これらに関してはそれぞれアプローチが違います。

 12世紀末のイングランドを舞台にした『折れた竜骨』では、修道士カドフェルの情景をもとにしています。
 当時の文化などはこれを参考にしています。
 この時にこれはなかったんじゃないか、というものに関しても歴史研究の差異として自分の調べたものを信じて書いています。

 カトマンズは時代ごとに写真集が出ていた他、都市を説いた本などもあり資料には困らなかったです。
 こちらは実際にネパールに行くことはできますが、当時の空気というものは得られないので取材には行きませんでした。
 資料を基に書いた部分もありますし、中には想像で書いたものもあります。

 リアリティについてですが、言ってしまえば『完全なリアルを見たければ街へ出ていけばいいだろう」となってしまいます。
 小説は現実を写しリアルを保存するものではなく、リアルはあくまで小説の主となるものです。

 それに、リアルは時にとんでもないことを引き起こします。

 『時速○○キロのボールを投げ、年間××本のホームランを打つ選手』なんてものを三年前に書いていたら、いい加減にしろ!と言われてしまっていたでしょう。
 (※すみません、野球詳しくないので誰のことかわからずうまく聞き取れませんでした)

 リアルとは小説を広くするものです」


ラスト質問者
「わたしはネット上で作詞をやっています。
 アイディアはお風呂であったり自転車に乗っているときだったりと思い浮かぶのですが、忘れてしまうことが多いです。
 米澤先生は、アイディアはどのような場所で、またそれをどのようにメモをするなどストックしておきますか?」

米澤先生
「サクシ、というのはどちらですか。文章? それとも歌?」

ラスト質問者
「歌です」

米澤先生
「わかりました。
 アイディアが浮かぶのは場合場合によります。
 どうしてこう思いついたのか自分でもわからないときや、またこれこれこういう考えで自分はこれを考えたのだというとき、街を歩きながらこれは不思議だとは思えないだろうかと考えたり、ミステリのパターンから暗号ものを書きたいというところから着想を得たり。

 アイディアの保存についてですが、メモはもちろんしますが大事なのはそれを読み返すことです。
 どうしてそれを考えたのかを思い返すことが重要です」


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※2016 11/7追記
今回、最後の質問者様が書いたレポート写真がついたツイートの掲載許可を頂けたのでそちらもご紹介させていただきます。
(投稿者のウタサカヨミさんからは『あくまで個人的な記録のためのメモのため、クオリティはご了承下さい』とのことでした)

左上に描かれている登壇されていた方々のイラストがナイスです。
向かって左から羽鳥さん、米澤先生、蔀准教授と並んでいました。

また、質問中にもありますが投稿者のウタサカヨミさんはネット上で作詞活動をされているそうで、せっかくなのでそちらの作品リストへのリンクもご紹介させていただきます。
ニコニコ動画でウタサカヨミさんが作詞をされた楽曲のマイリスト https://t.co/w2bTpKuVPm

※追記ここまで




さて、ここで1:30が経ち、トークショーは終了となりました。

編集者である羽鳥さんはともかくとしても、蔀准教授までもがなかなかマニアックな米澤先生の情報まで抑えていて米澤穂信追っかけをやっている身としてはとにかく楽しい講義でした。


しかし、ここで嬉しいお知らせ。
なんと参加者はサインがいただけるとのことです!!

こんなこともあろうかと偶然にも前々からサインをいただきたいと考えていた『春期限定いちごタルト事件』を持ってきていたので、わたしはそれにサインをいただきました。
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このときに少しお話しする時間があったので「文春の悪女モノ新作、とても楽しみにしています!」とお伝えしたところ「まさに今横にいる人を待たせているので……」と隣の女性を見る米澤先生。
なんと新作の担当編集さんだったようです。

また、基本的に情報が公開されていなかったイベントだったため米澤先生からは「なんでいるんですか!? よくわかりましたね!?」とも。
いやー、頑張りましたよ。

翌週の福岡の講演会のために用意していた贈り物を手渡して、握手をしていただくと、名残惜しさを覚えながらも会場を後にしました。


そのあとは、会場にいらっしゃっていた金沢在住のお二人になんとボトルネックの聖地案内をしていただいていたのですが、それはまた追記で編集とさせていただきます。
さすがに疲れたので今回はここまで。

さあ、次は福岡の講演会です!